ピサ○?

僕は絶句しました。

それは、会社の名前です。しかもお客さんをホテルに呼んで何かを売る商売を手伝ってほしいとの事。

これは、、あと、名前が妙に引っかかります。。

 

ピサ○は1529年スペインがインカ帝国を征服するために使わした有名な軍人。

106 人の歩兵と62人の騎兵3台の大砲でスペインからインカ帝国にやってきた。

 

ピサ○はスペインの視察団がインカ帝国皇帝アタワルパに拝謁を希望。

インカ帝国皇帝アタワルパはすごく人が良かった。

友好の証として武器も持たず、強大な軍隊も離れた所で野営させた。

 

贈り物を交換する町の広場でピサ○は罠を仕掛けた。

贈り物を交換するその時、隠していた軍隊が現れ大砲が火を噴いた!

 

当時のインカには大砲も馬も無かった。大パニックになったインカ帝国皇帝アタワルパ一行は捕らえられ人質となった。

 

ピサ○は身代金を要求した。国民は金銀財宝を拠出しその量は132万6539ペソ、銀塊が5万1610マルコ(1マルコは230グラム)

ピサ○は奪うだけ奪い、結局皇帝を見せしめに殺した。

 

この歴史的顛末が頭の中で巡りました。

まず、この時に皇帝アタワルパがすべき事は何か?

 

■ 情報収集

彼らの装備、目的、背後関係、コレをしっかりやったのが徳川家康。駿府城は清水港から船で入れるようになっているが小舟でないと近づけない。拝謁するにもプロテスタントの三浦按針を通し身辺調査をした。そして常に学び最新の情報をキャッチアップする。慎重かつ大胆。さすが天下人。

 

まずは情報を仕入れる所からですね!!

 

調べると、ホテルに監禁されて帰れなくなり、高額な買い物をしぶしぶするお客様がいたそうです。

なるほど、うまい話には裏があります。

皇帝アタワルパにならないようにしなくては。

 

ちなみに伝説の軍人、ピサ○は財宝の分け前を巡って仲間と争いになり殺されました。

その最期は泣きながら神様に許しを乞いインカの人々を騙し殺した悪行を悔いたそうです。

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